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2016年11月14日月曜日

卒業45周年同窓会

小石川高校を卒業して45年、先週末12日(土)午後3時から母校近くの会場で学年の同窓会、午後6時から内幸町「むつ新」でクラス会。
小石川は在学中クラス替えが無いのでクラスの結びつきが強い反面、学年での取り組みは難しい傾向があります。それでも15年前、卒業30周年の学年同窓会を企画したところ好評。以後5年毎に開催、今年が四回目となりました。
回を追うごとに各クラス幹事を軸に新たな友人が増えてゆきます。「5年も待てない」という意見があり次回は2年後、入学50周年の同窓会が決りました。

課題はクラス会とは違う学年での集まりの楽しさとか魅力の様に思います。
好天にも恵まれ学年会95名、クラス会14名が集まりました。

学年会の最後は私の伴奏で懐かしのフォークソングと校歌を皆で歌いました。
最後の画像はクラス会解散直後。

正直疲れました。

この日の歩数計は何と18,342歩。

でも、無事に終わってほっとしています。

2015年11月3日火曜日

第23回東京校歌祭

最初に参加した記憶は定かではありませんが、手元にあるプログラムから推測すると、かれこれ20年近く連続して参加しています。

近年は母校の現役生徒さん、校長先生をはじめとする教員の方々も参加され、母校をキーワードにチーム参加になってきました。

昨年は指揮を担当しましたが、今年の私はピアノ伴奏、現役の生徒さんが指揮をしてくれました。なお母校校歌に関連する資料は ココ にあります。そして今回の参加の様子は母校のホームページの ココ にあります。

秋の好日、母校の校歌を歌うイベントに関係者が集い、歌いました。

素敵な一日でした。

2013年1月16日水曜日

友人の葬儀

 昨晩、母校の同窓会、それも学年単位のイベント開催について尽力された友人の通夜があり参列しました。
前回の投稿はここにあります。卒業30周年、35周年、そして40周年に開催してきました。

通夜には多数の同期生が集まりました。
クラスメイト、クラブ活動で一緒だった人、そして同期同窓会を準備した各クラスの幹事。
故人には多くの友人があり、いかに人気者だったかということを実感。
その様子を見て考えました。彼を偲ぶ会を一年後にやろうと。
これから各クラス幹事諸君に昨晩の報告をしてこの提案をしようと思います。

皆が還暦を迎える年度、早すぎる死と感じ、色々なことを考えました。

彼の人懐っこい笑顔が忘れられません。

今朝の東空は珍しく曇っています。
一昨日の雪もまだ溶け切りません。

2011年6月5日日曜日

ハワイ

昨日は母校東京都立小石川高等学校の同窓会部会「紫友さろん」と同期学年同窓会の準備会がありました。
私が小石川高校へ入学したのは学校群二年目でした。卒業後に「紫友ぺんくらぶ」という団体に入り、自由な校風の母校の素晴らしさに気づき、以来同窓会の活動やPTA活動に協力してきました。
「紫友さろん」では俳句の会が続いています。私の俳句はまだだめですが選句に参加して勉強中です。俳句というのも一生の趣味としては楽しそうです。
卒業は昭和46年(1971年)、今年卒業40周年となります。そこで本年11月12日に学年単位の同窓会を準備しています。三年間クラス替えがありませんのでクラス会は頻繁に行われますが学年単位の同窓会は私の呼びかけて10年前に初めて実現しました。以来五年おきに開催して三回目となります。A組からI組まで9クラス、それぞれのクラス幹事が集まってくれました。
画像は小石川高校閉校(制度上は高等学校がなくなり中高一貫の東京都立小石川中等教育学校に再編されたため)時に記念植樹されたシュロの木ですが、これは私たちが在籍した頃、校門内にあったシュロの植え込み(通称ハワイ)を再現したもの。小石川高校に通った多くの同窓生が懐かしがる「ハワイ」が再現されたのです。

2011年5月16日月曜日

ムラサキ開花(2)



小さくて白い花。

後は私の親指と人差し指です。

2011年5月15日日曜日

ムラサキ開花



花は小さいですが、白く可憐です

2011年4月13日水曜日

ムラサキの芽吹き(2)


今日の画像は小さいので良くご覧ください。少し遅れて小さな芽が出てきました。これらは今年の春蒔いた種から発芽したものです。種はDNA鑑定済みの純粋和種の種ということで毎年、天藤製薬からわけて頂いているものです。
昨日の画像にある先に出てきた芽は、昨年蒔いた種から出た根から発芽したものです。ムラサキは多年生草本です。
根は大きく紫色です。この根、紫根は薬や染料に使われます。冠位十二階で紫色は最上級の高貴な色ですが、古今集にある「紫の ひともとゆえに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見ゆ」の歌からもわかる様に、武蔵野や北海道から九州まで日本全土の日の当たる草原に普通に自生していた様です。
この和歌の一節が母校の校歌の四番(六番まである)にも使われています。この歌は正確には母校を応援するために作られた教員と父兄母姉による団体(紫友会)のために初代校長伊藤長七先生が作ったもので、それが校歌となり開校以来一貫して歌われ、今の中等教育学校にも引き継がれています。開校以来一貫して一つの校歌を歌う学校というのは珍しい様です。

2011年4月12日火曜日

ムラサキの芽吹き


春は芽吹きのシーズン。自宅のムラサキが発芽しました。その内に小さな白い花をつけます(花は昨年の画像)。
ムラサキは武蔵野にも広く自生した様ですが、現在ではあまり見かけなくなり、さらに西洋種との交雑が進み、純粋和種は絶滅の危機に瀕しているそうです。私はムラサキの純粋和種を栽培するプロジェクトに関係しています。その活動については下記をご覧ください。
私の母校、東京都立小石川高等学校(昨年度末に閉校し現在は東京都立小石川中等教育学校という中高一貫六年制の学校に変わりました)の同窓会、紫友同窓会における部会「紫友さろん」を中心に取り組んでいるものです。母校の校章にムラサキがあしらわれ紫友同窓会という名称の由来でもあります。

http://www5d.biglobe.ne.jp/%257eshiyukai/dousoukai/salon/salon.html

今年度中にムラサキ栽培プロジェクトをまとめてゆくつもりです。