なんて端唄を口ずさむ陽気になってきました。
近所の梅林も綺麗に咲いています。
今年もムラサキの種子三千粒が届きました。
天藤製薬株式会社の農場から頂いている純粋和種の種子です。
百粒ずつ小分けして母校(東京都立小石川中等教育学校)や栽培メンバーに配布します。
2013年3月1日金曜日
2013年2月27日水曜日
2013年2月23日土曜日
2013年2月19日火曜日
Hearts Music School(ハーツ・ミュージック・スクール)
私が音楽レッスンを始めたのはかなり前のことで最初はピアノのアレンジや和声学のレッスンでした。会場は知人の楽器店のピアノを借りていました。
その後、当時四谷にあった楽譜出版社(リットーミュージック)から依頼の仕事が増えたので千代田区二番町にある番町ハイムの一室を借りて雑誌や楽譜出版原稿を書く仕事も始めました。結婚後に近所のビルに移り仕事を続けましたが手狭でもあり防音室があるという文京区根津のマンションに移転しました。1983年のことです。私が引越して出た後の住民がお亡くなりになった立川談志師匠です。
この防音室、確かに壁を厚くして防音材を入れ(その分部屋は狭くなっている)、入口も頑丈な防音扉でしたが、照明はつくものの壁の電源が死んでいました。壁を厚くした際に電源をつながなかった様です。仕方なく天井の照明用電源を分岐して電源を取りましたが、ピアノだけのレッスンでは無くてシーケンサ(当時はパソコンよりは YAMAHA QX-1 の時代)や各種キーボードを使用する音楽環境ですから明らかに欠陥防音室でした。
何はともあれ専用の音楽スタジオを得たことで音楽レッスンの仕事も拡充しました。音楽教室の名前は会社名のハーツ(Hearts)を冠してハーツ・ミュージック・スクール(Hearts Music School略称HMS)としました。
画像はその当時HMSの様子。防音扉の向こうにアップライトピアノ(左)とローズピアノ(右)が見えます。

その後も自宅でのレッスンは続けていましたが、最近ではヤマハミュージックセンター池袋(現在の名称はヤマハミュージックアベニュー池袋)とミュージックボックス秋葉原を会場とするレッスンだけになり、自宅でのレッスンはしていませんでした。そこにミュージックボックスの秋葉原から新宿への移転がありました。
音楽教室の会場が無くなることは死活問題。真剣に自宅開業を検討、ようやく新たな自宅(東京都板橋区前野町2丁目)を見つけました。
5月開講に向けその準備が進んでいます。この教室の名前は開業当時と同じハーツ・ミュージック・スクール(Hearts Music School略称HMS)としました。
ピアノ、ピアノ・アレンジ、作曲、編曲、音楽理論等々、私が教えられることは何でも対応します。
1レッスン45分の個人レッスン。
月三回のレッスンは月謝12,000円(税別)、単発の1レッスンは6,000円(税別)です。
趣味の教室なので日曜日の生徒が多いのですが、今後は曜日の指定が無くなります。通いやすい曜日と時間で対応致します。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
その後、当時四谷にあった楽譜出版社(リットーミュージック)から依頼の仕事が増えたので千代田区二番町にある番町ハイムの一室を借りて雑誌や楽譜出版原稿を書く仕事も始めました。結婚後に近所のビルに移り仕事を続けましたが手狭でもあり防音室があるという文京区根津のマンションに移転しました。1983年のことです。私が引越して出た後の住民がお亡くなりになった立川談志師匠です。
この防音室、確かに壁を厚くして防音材を入れ(その分部屋は狭くなっている)、入口も頑丈な防音扉でしたが、照明はつくものの壁の電源が死んでいました。壁を厚くした際に電源をつながなかった様です。仕方なく天井の照明用電源を分岐して電源を取りましたが、ピアノだけのレッスンでは無くてシーケンサ(当時はパソコンよりは YAMAHA QX-1 の時代)や各種キーボードを使用する音楽環境ですから明らかに欠陥防音室でした。何はともあれ専用の音楽スタジオを得たことで音楽レッスンの仕事も拡充しました。音楽教室の名前は会社名のハーツ(Hearts)を冠してハーツ・ミュージック・スクール(Hearts Music School略称HMS)としました。
画像はその当時HMSの様子。防音扉の向こうにアップライトピアノ(左)とローズピアノ(右)が見えます。

その後も自宅でのレッスンは続けていましたが、最近ではヤマハミュージックセンター池袋(現在の名称はヤマハミュージックアベニュー池袋)とミュージックボックス秋葉原を会場とするレッスンだけになり、自宅でのレッスンはしていませんでした。そこにミュージックボックスの秋葉原から新宿への移転がありました。
音楽教室の会場が無くなることは死活問題。真剣に自宅開業を検討、ようやく新たな自宅(東京都板橋区前野町2丁目)を見つけました。
5月開講に向けその準備が進んでいます。この教室の名前は開業当時と同じハーツ・ミュージック・スクール(Hearts Music School略称HMS)としました。
ピアノ、ピアノ・アレンジ、作曲、編曲、音楽理論等々、私が教えられることは何でも対応します。
1レッスン45分の個人レッスン。
月三回のレッスンは月謝12,000円(税別)、単発の1レッスンは6,000円(税別)です。
趣味の教室なので日曜日の生徒が多いのですが、今後は曜日の指定が無くなります。通いやすい曜日と時間で対応致します。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
2013年2月16日土曜日
My musical history(25)
私の音楽ヒストリー、今回も茅ヶ崎の話です。
古い写真の中に茅ヶ崎に住んでいた時代のものがありました。
これは私の仕事用離れの中。レコード・プレイヤー(ターン・テーブル)、その下にアンプ、その下にあるカセットテープ・レコーダは携帯型ですがステレオ入力でしたので、アーチストのバック・バンド(当時はサポートとかツアーの様な表現はありません)のステージ上、マイクを2本使い、左はピアノの中に向け右は外(ステージ)に向け録音しました。演奏中にヘッドフォンをすることはありませんでしたが、演奏後の自分の反省材料として聴いていました。
この写真の右端にあるAKAIのテープ・レコーダ(オープン・リール)は採譜の仕事に使用したものです。
古い写真の中に茅ヶ崎に住んでいた時代のものがありました。
これは私の仕事用離れの中。レコード・プレイヤー(ターン・テーブル)、その下にアンプ、その下にあるカセットテープ・レコーダは携帯型ですがステレオ入力でしたので、アーチストのバック・バンド(当時はサポートとかツアーの様な表現はありません)のステージ上、マイクを2本使い、左はピアノの中に向け右は外(ステージ)に向け録音しました。演奏中にヘッドフォンをすることはありませんでしたが、演奏後の自分の反省材料として聴いていました。
この写真の右端にあるAKAIのテープ・レコーダ(オープン・リール)は採譜の仕事に使用したものです。
これは母屋のピアノの所で採譜をしている場面。
AKAIのテープ・レコーダは自分で作った移動式ラックの中に斜めにマウントしています。
上にあるのはYAMAHAのカセットテープ・レコーダで回転を微妙に調整してビッチ調整ができました。
当時の採譜の仕事の音源はカセット・テープが多く、ピアノの調律とずれていることが多かったので、まずピアノの調律と合わせるためにYAMAHAで再生して必要があればピアノの調律に合わせて微調整、これをAKAIのレコーダにダビングしてから作業に入ります。
AKAIのレコーダは倍速再生(1オクターブ高くなるので主にベース・ラインを聴き取る)や半速再生(1オクターブ低くなりますが細かいフレーズ等を聴き取る)ことができました。
採譜という仕事の初期の作業の様子です。
2013年2月14日木曜日
浜辺の歌
昨朝と同じ場所から見た江ノ島。今日は曇天です。
鵠沼方面へ歩きました。この海岸線は初めてです。
「浜辺の歌」作詞場所という看板に出会いました。
すばらしい歌です。詞もすばらしい。
ただ私の場合、作曲をするからでしょうか、作曲を更に素晴らしいと感じます。特に中間部でメロディ中心音が半音上行するところ、コードとしてもオーギュメントを利用している部分を素敵に感じます。
この作曲を使い、さらに「浜千鳥」と「椰子の実」のメロディも加えた作品があります。
ピアノ連弾用に書いたもので「海辺の歌<浜辺の歌&浜千鳥>」と言います。
録音(試聴可能です)と楽譜(サンプルをご覧頂けます)が下記にあります。
http://www.at-elise.com/elise/JPDPHA00013/
8,800歩。
鵠沼方面へ歩きました。この海岸線は初めてです。
「浜辺の歌」作詞場所という看板に出会いました。
すばらしい歌です。詞もすばらしい。
ただ私の場合、作曲をするからでしょうか、作曲を更に素晴らしいと感じます。特に中間部でメロディ中心音が半音上行するところ、コードとしてもオーギュメントを利用している部分を素敵に感じます。
この作曲を使い、さらに「浜千鳥」と「椰子の実」のメロディも加えた作品があります。
ピアノ連弾用に書いたもので「海辺の歌<浜辺の歌&浜千鳥>」と言います。
録音(試聴可能です)と楽譜(サンプルをご覧頂けます)が下記にあります。
http://www.at-elise.com/elise/JPDPHA00013/
8,800歩。
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