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2016年12月20日火曜日

練習とテンポそしてコード付きメロディ譜からピアノ演奏を楽しむ

ピアノの練習、基本は少し遅めのテンポから始めましょう。
クラシックなど五線譜に記されている場合、曲の構造(形成)、そして和声的な曲は和声、対位法的な曲は旋律の絡み、その曲を理解し把握しながら練習をしてゆきます。要するにその曲を良く理解して自分のものにする必要があります。

私の教室はどちらかと言えばポピュラーやジャズ、メロディとコードから自由に演奏を楽しみます。それでも少し遅めのテンポから始めた方がよいでしょう。

昨日のあるレッスンはアントニオ・カルロス・ジョビンの「波(Wave)」。私が出版した楽譜の関連音であるMMO(ミュージック・マイナス・ワン)をご購入になっていますが、そのMMOはオリジナルのテンポ(144)です。
まだオリジナルのテンポでは速くて弾けないというので、さわりを弾いてもらい練習に適したテンポ(120)を確認、このMMOを録音した演奏情報(MIDI)のテンポ指定を120にして録音、レッスンの後に送りました。
少しずつテンポを上げて練習すれば、オリジナル近いあるいはオリジナルのテンポで楽しめる様になります。彼女の場合、来年夏の発表会の準備が始まっているのかも知れません。

その楽譜は ココ にあり、ページ右下にある「参考音源(wma)」がMMOです。

そしてここで大切なこと。

せっかく私の教室でレッスンを受けています。完成された楽譜ではなくコード付きメロディ譜で自由に楽しむ方法をレッスンしています。
上ページ右下のボタン「楽譜とwmaを買い物かごに入れる」ではなく「wmaを買い物かごに入れる」からご購入頂いたのです。
完成された楽譜(上記のページで販売している楽譜)では、五線譜が読めるだけに自由にアレンジして演奏することができないからです。

既にコード付きのメロディ譜はお持ちでしたが、少しサイズが違い、コードも恐らく微妙に違うと思われましたのでオリジナルの採譜に基づく私の出版楽譜を教材としました。

その楽譜は ココ にあります。

2012年5月1日火曜日

My musical history(2)

父は東京本郷龍岡町に生まれ(生家は残念ながら残っていません)、東京育ちです。
九州大学卒業が1945年8月、水産庁の研究技官として広島赴任中に私が生まれました。
仕事は水産資源の研究、広島市宇品町にあった内海区水産研究所でも研究を続け農学博士となります。
後に広島大学で生態学も教えました。

エリザベト音楽大学を卒業した研究所の所長さんの娘さんにピアノを習いに行くことになりました。

父は自分のバイオリンの伴奏をさせたかった様ですが、伴奏をした記憶は少しだけ、一緒に音楽を楽しむという時間はあまりありませんでした。
父の仕事が忙しかったからと思います。せいぜい音楽鑑賞どまり、自分で楽器演奏を楽しむ時間は無かった様です。


ピアノの先生は元子先生と言います。優しい人でした。ソルフェージュも教えてくれました。
ソルフェージュは自分の知らないメロディを楽譜から読み取り歌う練習です。

ポピュラー楽曲等を読み取る教本もある様ですが、これは殆ど意味が無い様に思います。
知っている曲を歌う場合、メロディ譜から読み取る前にそのメロディは記憶されているはずだからです。
メロディを記憶しているからカラオケへ行って楽譜を見て歌う人は居ない訳です。
ソルフェージュの練習は知らないメロディを正しく読み取り歌う練習です。
そうでないと音感の鍛錬にはなりません。そして読み取れる様になれば自分の中に生まれたイメージを書くことができる。
これができて本来は作曲をしたと認めてもらえます。
もちろんそのイメージを楽器で演奏したり歌った状態も作曲ではありますがこれを自分で書ける様にしたいものです。

元子先生が結婚され広島の西部、高須町へ移転されました。
広島市内は市街電車(広島電鉄)が発達しています。
宇品から広島中心地紙屋町を経由して己斐、そこで宮島へ行く郊外電車に乗り換えます。
日曜日のピアノ・レッスン、電車に乗る楽しさが加わったことで小学六年生まで続きました。

中学入学後、徒歩通学が大変だったこと(下記ブログ投稿参照)、学業やクラブ活動が忙しくなり元子先生のピアノ・レッスンは止めました。

http://heartsmusicblog.blogspot.jp/2011/08/blog-post_26.html

画像は習い始め頃(足踏みオルガン)、他二枚は中学校入学前後のものです。中学は特に理由が無いと長髪禁止でした。その前後に撮影しています。

ピアノは日本楽器製造とアルファベットの装飾字体で書かれた中古のアップライトでした。
鍵盤は象牙ですが、88鍵ありませんでした。
最初は燭台もついていた様ですが、その跡だけが残っていました。

特にピアノ演奏が大好き少年ではありませんでしたが、電車のおかげもあってレッスンを継続した結果、一通りの読譜はできる様になっていました。