2018年8月20日月曜日

崇徳院

このタイトルで投稿を意図して一月以上経った。
忙しかったこともあったが内容について悩んだ。

前回投稿は「半夏生」。
桂春雨さんを聞きに行った。
中入り後が「崇徳院」だった。

若旦那が原因不明の病となり、医者の見立ては「せいぜい五日」、その期間内に若旦那の病の原因である恋の相手を探すという内容だ。

五日はオーバーとしても自分自身、いつまで健康でこの仕事を続けられるかと思った。
今年、満65歳を迎えて以降、考えさせられることが続いた。

まず驚いたのは「介護保険」の払込書だった。
同年齢の方が皆?体験する?
介護保険が危機的状況にあることを高齢者予備軍に自覚させる目的で敢えて払込書を送るそうだ。
半年払うと次は年金から控除になり、強制的に払わされるシステムだ。

歳をとるのは幸せと思えない国に住んで居ることを痛感。


悪いことだけではない。年齢を理由に招待されたのがサッカーの試合。いつも周囲を歩くだけで、一度中に入りたかった西が丘のサッカー場に入って観戦した。

問題は体調。6月に持病が悪化した。憩室炎である。
近くの病院に行き、これまでの経過を説明する。二十歳代から何度か炎症を起し苦労をし、古い検査方法で原因が探求され、持病であることは自覚し、対策もとってきたが、今回はCTスキャンにより初めて持病の病巣をつぶさに見せられた。可視化できるのは医療技術(科学)の進歩だが、いざ自分の身体となると現実に向き会った事で流石に落ち込んだ。

教室の将来についての問題もあり、自分の身体の現実に向き合い、「憂さを晴らしに」珍しく「夜の」会合やイベントに出かけた(結果かえって身体は不調となったが・・・)。そこで「崇徳院」を聞いた。

事業の状況も見ながら、そろそろ「自分のやりたい仕事に戻ろう」と思い、関係各方面に相談に行き、関係者にも理解を求め、少しずつ自分のやりたい仕事へ舵を切っている。
これまでの多くの仕事は生活のためで自分のやりたいことではない。
他人にはゴミの様に見えるであろうが、この作曲の資料をまとめて今後発表して行くし、新たな創作につなげたい。それをするため音楽の途を来たし、残る人生は創作をしたいと思う。まともなものを創りたいと思う。

「後五日」では困る。後どれだけやれるのか?そのために努力すべきことは何か。

ウォーキングと筋力トレーニングは続けている。ただブロック塀で死にたくない。ウォーキングのルートから危険な隘路を排除した。歩いている最中であろうが地震は起きるからだ。少し広い道、左右からの壁の崩落で絶命したり怪我をする様な危険な道は歩かないことにした。

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